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真夜中のジェラシー

私は猫である。名前ももうある。現在は大学生のご主人さまと二人暮らし。そんなご主人さまは、大学での授業を終えた後、今まさに台所で奮闘中だ。料理下手の彼女らしからぬ、なにやらケーキを作っている様子…。

真夜中のジェラシー(前半)

私は猫である。名前ももうある。
現在は大学生のご主人さまと二人暮らし。

そんなご主人さまは、大学での授業を終えた後、
今まさに台所で奮闘中だ。
料理下手の彼女らしからぬ、
なにやらケーキを作っている様子。
鼻をくすぐる甘ったるい匂いが、
BGMの恋愛ソングと交ざり、部屋中に漂っている。

匂いの正体はチョコレート。
そう、明日はバレンタインデー。

人間の世界では、女性が男性に告白できる特別な日らしい。
まぁ、猫の世界には関係ない話だけど。

そんな私の胸の内をよそに、
飼い主はひたいにしわを寄せている。

「生クリームってこのタイミング入れていいのかなぁ...?」と、
ぶつぶつひとり言を呟きながら、料理本を相手に必死の険相だ。

それもそのはず。
彼女は現在、片想い中。

相手はこの家のお隣りさん。
二週間ほど前に引っ越して来た。
彼女とは違う学校に通う、大学生の男の子だ。

彼との初めての出会いは、
アパートの階段で偶然はちあわせた時のこと。
ご主人さまの一目ぼれだったみたい。

「なんかね、一目見た瞬間に、この人だって思ったんだぁ」

瞳をハート形に輝かせながら、彼女は話した。
それからは毎晩、お隣さんについてのノロケ話を、
ご主人さまから聞かされるようになったってわけ。

「今年のバレンタインデーに、
彼に手作りのチョコレートケーキで告白しようと思うんだ。どう思う?」

どう思うと言われても、猫の私は答えようがない。
仕方なく「ニャア」と一声だけ鳴いて、
あとは首を傾げるばかりだ。

私はあくびをしつつも、
ご主人さまと時計をチラチラと見合った。

時刻はそろそろ午後11時45分。
日付が変わるまであともう少し。
スポンジケーキにチョコレートクリームを塗る手さばきも、
心なしか急ピッチの様子だ。

時計の針と飼い主の顔を交互に見ながら、
私は何くわぬ顔で、台所の方へ近づく。
猫お得意の、抜き足差し足忍び足ってやつだ。

「あーもう時間がない。早くしなくっちゃ」

どうやらケーキ作りも最終段階に入ったようだ。
先ほどまでキツネ色だったスポンジケーキは、
まるで絵の具で塗ったかのような、
ムラのない茶色へと変貌している。

あとはプレートに彼へのメッセージを書くだけだ。
白いチョコペンを握る彼女の手が震えている。
私もごくりと息を飲む。

時計の針さえも止まったかのような部屋の中、
「...書けた!」と、飼い主の声が響いた。
彼女の表情を見ると、満足そうだ。

私も早速、台所近くにある戸棚の上にあがり、
その出来映えを確認してみる。

文字は多少震えているが、まずまずの完成度。
まさに愛情のこもった手作りケーキだ。
よくやったの意味を込めて、私はひと鳴きした。

「よし!」と言うと、
ご主人さまは大事そうにケーキを皿ごと抱えた。
冷蔵庫で一晩ねかせるためだ。

しかし、その時ー。

(つづく)

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