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猿の遺言

大晦日も差し迫った師走の下旬。バイトに明け暮れたツケとして、 俺は年賀状書きに追われていた。その際、数十年ぶりに、俺はある者と再会をすることになる。

猿の遺言(後半)

その猿は、道路から少し離れた場所にいた。

他の猿に比べてかなり歳をとっているようだ。
深いしわが刻み込まれ、毛並みも艶やかさがなく、
なにより背中の丸みがそれを物語っている。

猿には珍しく、鼻の横には大きなおできがある。

それを見たボクは、猿の名前を勝手に、
おできちと決めた。

若い猿たちが観光客の餌に食らいつく中、
自分にはさも関係ないという風貌で、
おできちは枝をかじりながら、遠くの山々を眺めていた。

その姿が妙に気になり、ボクはその猿に近づいていった。

「あのー、あなたは何やってるんですか?」

猿といえども、自分より何十倍も目上の方だ。
ボクはとりあえずの敬語を使って話しかけてみた。

初老の猿はふとボクの顔を見ると、
「何もしとらん」と言った。
ボクは人間だが、
なぜかその時はおできちの言葉が通じたような気がした。

「何かしたいことはないんですか?」

「ないな」

「じゃあ、何かしてもらいたいことは?」

「してもらいたいこと...」

そう言うと、おできちは少し考えたふうに眉をしかめた。
そしてボクに言った。

「生まれ変わったワシに会ってくれんか」

「え?」

「ワシはもうすぐ死ぬ。自分でわかる。
たった一人ぼっちの人生だった。別に悪くはなかったがな。
だがもしできれば、生まれ変わったら誰かに側にいてもらいたい。
ただ、それだけだ」

その時のボクは何も考えずに二つ返事で、
「わかりました。いいですよ」と答えた。

しかし承諾をし終えた瞬間、
ボクは何かとてつもない約束をしてしまったような気がした。

それは生きると死ぬ狭間で交わされた、
おできちの遺言ー。

小学生の頃のボクを思い出しながら、
俺はぼんやりと遠い記憶に浸っていた。

「懐かしいなぁ。おできち、今頃どこにいるんだろうなぁ...」

そう言いながら、
猿のハンコを改めてまじまじと見つめたその時だった。

俺は気づいた。
ハンコに描かれた、猿の顔の鼻の横。
ポチッと小さな点が付けられている。

そう、たとえばそれは、
生まれ変わったおできちのおできのような。

「おできち、お前こんなところにいたのか...」

つぶやいた俺の手の平の中で、
おでき顔のその猿は、
どこか幸せそうな笑みを浮かべていた。

(おわり)

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