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Kenichiro Nishihara(ESNO)

Kenichiro Nshihara・・・ジャズ、ボサ・ノヴァ、ソウル、ヒップホップといったさまざまなジャンルの音楽を独自の配合で混ぜ合わせた先端系ダンス・ミュージック "ジャジー・ヒップホップ" シーンの最重要人物。音楽レーベル・プロダクション"UNPRIVATE ACOUSTICS"(アンプライベート株式会社)主宰。96年より東京・パリコレクションなどのファッションショーやイベントで音楽ディレクションを担当。 世界的ファッションブランドから、美容の大手企業、WebやCM、企業ブランドとのタイアップ企画、またコンピレーションへの楽曲提供やアーティストのプロデュースなど、クリエイティブの多岐にわたる作曲・プロデュースを手掛け、世界的な評価を獲得。 08年に1stアルバム"Humming Jazz"、2010年には2ndアルバム"LIFE"とコンスタントに作品を発表。 その洗練された楽曲は、日本のみならず韓国の配信サイトにてJ-POPチャート1位を獲得。 心地良さを追求したジャジーでスムースなサウンド、ピアノを基調としたメロディーセンスは日本国内のみならず世界的に絶賛され、多くの作品がヒットチャートをにぎわせている。 2011年より、日常をスタイリッシュに演出するコンセプトブランド"Folklove"を立ち上げる。 2011年9月に発売された"Natural Relax presented by Folklove"はiTunesアルバムダンスチャート1位を獲得。 続く別名義"Sweet Swing for HERSHEY'S"はiTunesアルバムJazzチャート1位を獲得。 ダンスミュージックとジャズミュージックのプロフェッショナルである。

ESNO(エスノ)・・・洗練されたジャジーミュージックが国内外から支持を集め"Kenichiro Nishihara"による、本人の音楽活動の源流というべきエレクトロニカに重きをおいた新プロジェクト。真骨頂である美しいピアノのメロディーを基調としながらも、巧みにくみ上げられた幻想的かつ哀愁感のあるドリーミーな世界。エレクトロニカ、ジャズ、ヒップホップ、ポストロック...etc

Visionary(ヴィジョナリ―)・・・各ジャンルを通過し自由で幅広い音楽の中、ジャジーミュージックの今までにない全く新しい可能性を追求した1stアルバム"Visionary"が完成。エレクトロニカの常識を切り裂く圧倒的世界観、デジタルとアナログが織り成す新時代到来。心掴むジャジー・エレクトロニカ。

--【Kenichiro Nishihara】としての今まで活動経歴をお聞かせください。

作品を出す前は【Kenichiro Nishihara】という名乗り方をしていなくて、【西原 健一郎】で色々な活動をしていました。
1996年に、ファッションショーの音楽をやったんです。それがきっかけで、元々ファッションに強かったわけではないのですが「ファッションショ―の音楽できるヤツがいる」っていうことで、それから様々なファッションショーに呼んでいただけるようになりました。そのための選曲や音を作ったりし始めたのが、音楽の仕事をするきっかけでした。そのような活動をしていて、その傍ら自分の音源作りもずっとやってっていて、その間にいくつか作品のはあるんですけど、1stアルバムの「Humming Jazz」が出たのが2008年、かなり長い間表立ったリリースはせずに、裏方に徹していました。2008年にCDが出た時に【西原 健一郎】という実名に加えて、アーティスト名として【Kenichiro Nishihara】を使うようになったんです。


--音楽制作を始めたのはいつ頃からでしょうか?また、最初はどのような音楽を作っていたのでしょうか?

1番最初はバンドをやっていました。中学1年生の時にエレキギターを買ってバンドを始ました。中学3年生の時にリズムマシーン、高校1年生の時にサンプラ―を買って、Macを買ったり、打ち込みを始めたのはそれくらいの時でした。並行して高校時代はバンドを結構しっかり続けてました。バンドはコピーからオリジナルまで色々かけもちしてました。
(--打ち込みを始めた当初の音楽は?)
サンプリングがすごく面白くて、ちょうど90年代の半ば頃DJがブームになってきたり、レコードを買うっていうトレンドが出てきたりして、Hip-Hopとかテクノとか自然
に色々な音楽に興味を持ってきた時代だったんです。
それまで音楽といえばCDだったのが、徐々に渋谷の宇田川町とかでレコードを買うようになりました。
当時、ジャンルは結構不明な感じのサンプリングの音楽を作っていました(笑)。その頃のレコード店ではテクノのコーナーがすごく面白かったんです。アブストラクトみたいなHip-Hopぽいものが置いてあったり、ケミカルブラザーズとかDJ KRUSHとかもテクノのコーナーにあったりなど、色んなものがゴッタ煮状態になっていた時代ですごく面白かったです。


--西原さんの音楽はとてもキャッチーながらも、常にブラックミュージックを根底に感じると個人的に思うのですが、そのルーツはどういったところなのでしょうか?

親がジャズが好きだったり、習い事としてピアノをやったりしました。子どもの頃にジャズを押しつけられたりはしなかったんですけど、少なからずその影響はあると思います。だんだん高校生くらいになってくると、親が聴いているモノってあながちすぐに受け入れられなくて、割と反発気味な感じでした。中高の頃は「ジャズは絶対好きにはなんないな」なんて思っていました。
けれど音楽を作っているうちに、どうも自分が作りたいモノを作れなくなってきた時期があったんです。「ひょっとしたら、ジャズを勉強しないと前に進めないんじゃないか」と思い立って、高校3年生くらいの時にジャズを習いに行って勉強するようになりました。それがきっかけでコードなどがある程度自由に使えるようになってきて、作れるもののフィールドがすごい広がった時期がありました。
最初は、ブラックミュージックやジャズのルーツは親の影響がきっかけで、あとは、僕らの世代だと【フリーソウル】が流行ってたんです。レコードを発掘してサンプリングしたりDJでかけたりとか、レアグルーヴのすごく大きなムーヴメントがありました。そういう意味では、ブラックミュージックをクラブミュージックの文脈でいっぱい聴いていた、というのも同時にあると思います。
それと、Hip-Hop。ちょうどその頃、日本語ラップが生まれたてと言うか、ムーブメントになってきている時代で【MURO】さんとか【ライムスター】、【ブッダブランド】が流行ってきてたのも90年代。僕は、中高生の頃にそんな人達の音楽を沢山聴いて「この曲の元ネタってなんだろ」って探るとソウルとかジャズとかに遡っていった、というのも時代的にありました。


--曲作りにおいて意識していることはどういったところでしょうか?

色々とあります。曲作りの細かいことから精神論的なものまで....(笑)。
最近気が付いたことがあって、仕事として選曲やDJをするので、ジャンルレスにたくさんの音楽を買って聴くことが多いんです。
その中で長い間、それこそ10年以上聴き続けられているものがあって、「それは何が共通しているのかな」って思うとその答えはジャンルなどではなく、「喜びが表現されているものが、飽きないで聴き続けらるんじゃないか」という説が自分の中で出てきたんです。作っている最中って、なかなか出来なかったり、迷ったり、すごく苦しかったりする過程はもちろんあるのですが、そんな中で、"楽しんで作っている感じがちゃんと曲に反映される"というのが大事なのだろうと感じています。そしてそれ以上に音楽に触れる喜びが表現されているものが、魅力的だと思います。そんなことを、常に意識して音楽を作っています。
(--作っている本人が楽しんでいる、その楽しさをリスナーが感じられる作品ということですか?)
まさに。それが伝わった時に、飽きない長く聴いてもらえる作品が出来るような気がします。


--ここ1年、とても多くのプロデュースworkを精力的にこなしておりますが、何か状況の変化等があったのでしょうか?

当初から音楽を、"仕事"としてやってきたという経緯もあって、それはつまり、
"誰かに頼まれて音楽を作る"ということでもありました。
それは、僕にとっては自然に身に付いてることなので、逆に、アーティストが誰にも頼まれず作品を作ることの方が、むしろ難しいことというか特異なことというか、不思議なことだなと感じていたんです。
そういった意味で、僕にとってのプロデュースワークというのは、自分を必要としてくれるプロジェクトやアーティストがいて、"それに対して何かお手伝いをする"ということは、僕が持っている基本的な考え方なんです。
だから、誰からも頼まれないで、作品を作って、リリースするという事へのモチベーションの方がより自分の中で意識的に作っているところがあります。
なので、確かにプロデュースワークみたいなことは増えてきてはいるのですが、割とそれは自然に仕事の流れの中で出来ていることであって、特に大きな変化があったわけではないですね。逆に求められる幅が広がって素直に嬉しいです。
エピソードとしては、【Tamala(タマラ)】というフィンランド在住の日本人女性シンガーのアルバムに、初めて自分の作品以外で、アーティストアルバム全体のプロデューサーとして関わったのですが、最後のマスタリングが終わったあとに聴いたら感動して号泣してしまって。
それでフィンランドのTamalaに電話したらやっぱり彼女も号泣してて、なんかそれって変な意味じゃなくて恋愛に近いというか、一緒に子供や家庭を作るというか、そんなイメージに近いすごく感情の入った作品作りが出来たんです。その時に、何かプロデュースにおいて大切なところが見えた気がして、これからも「すごくプロデュースをやっていきたいな」という想いがより高まりました。まさに先ほどお話した、喜びという部分かもしれないですね。

――主な最近のプロデュースwork
TOKYO CAFE FREAK (2012.5)
Folklove -Heartbeat Suite- (2012.4)
Cosmology / Tamala (2011.12)
Sweet Swing for HERSHEYS'S (2011.10)
Natural Relax presented by Folklove (2011.9)

nishihara_sub01.jpg--さて、ようやく本題に入りますが今回のプロジェクト【ESNO(エスノ)】はどういった経緯で誕生したのでしょうか?
また、今回のアルバム「Visionary(ヴィジョナリー)」は今までの【Kenichiro Nishihara】としての作品とは全く違い、エレクトロニカに重点が置かれていると思うのですがどのようなことを意識してつくられたのでしょうか。


今までは周りからの見られ方を含めて、割りとジャジーヒップホップという括りの中でずっとやってきている感があったので、それも少なからず、自分にとって大きかったかも知れません。
簡単に言うと何かもっと自由に色々なことをしたいと思ったんです。しかも、それがプロデュースものではなく、ソロの一環として。
今回のアルバム「Visionary」には、エレクトロニカってインフォメーションにも書いてあるので、そんな印象があるかもしれないのですが、意外とエレクトロニカの要素は自分ではそんなに多くないような気がしています。手法の問題かもしれませんが、ビートを作ってネタを乗っけてっていう、手法的にはサンプリングみたいな、まさにHip-Hopを作るような感じでした。
今までは、ソロ楽器のレコーディングをすることが多かったり、ミュージシャンとのセッションによってレコーディングで曲を構築していくっていうやり方を大切にしていました。
それとは逆に、今回すごくやりたかったのが、基本的には「全て1人で作る」ということでした。
今まではわりと楽譜を書いて音符を書いて、その音符通りに演奏をすることを曲作りだ、ということでやってきてたつもりですが、今回はシンセサイザーがランダムで吐き出してくるものを積極的に使おうっという姿勢に出ていて、そのランダムの音の並びの中に究極的なメロディーがたまに交じっていて...そういうものを拾い上げていくようなアプローチを大切にしました。その行為が"エレクトロニカ"ってことなのかもしれないですね。コンピューターのランダムさと"対話"のようなことを、すごくやってきました。
そのアプローチというのは、膨大なレコードの中から合うネタ音を拾ってくる作業と遠からずというか、そういう意味でHip-Hopを作る感じと似ています。
それと、ジャジーヒップホップというものに自分の音源が括られてきて、なんとなくシーンと言うか、どういうものが求められているのかっていうのを無意識にも意識しているっていう瞬間があって、形式が自分の中で出てきちゃったところがだんだんつまんないなと思っていました。
どちらかというと少しつまずきつつあった時に、手法とかジャンルとかイメージとかリスナーとか全部取っ払って自由に音を作っていくっていう、そういう事がやりたいなというのが1番最初にきっかけでもありました。そういう意味では、エレクトロニカを作ろうという出発点というよりは、作っていて楽しいものを純粋に縛られずにやってみよう、と。例えば、それがシンセサイザーとかサンプリングとか関係なくです。もっと言うと今までは、レコーディングでどれだけかっこいい音で録れるかの正解、不正解がしっかりあったんです。
それが今回はボーカルがちょっとひずんででもいいやとか、録り音がちょっとヘボくても、音楽的にかっこいいとか、そんな価値観を善しと出来るようなプロジェクトという意味でエレクトロニカと言っている感じもあります。
正解も不正解も無いと言うか、新しいものを追い求めた結果、今の「Visionary(ヴィジョナリー)」の形になったという感じです。


--どこか、今は他界してしまった【Nujabes】や【レイハラカミ】さんにも通じる世界観を感じたのですが、何か想いはあったのでしょうか?

僕は結構日本人のアーティストが好きで、その中でも【Nujabes】や【レイハラカミ】さんは本当に好きなアーティストの一人です。
当然CDを買って聴いたりしてました。絶対に影響が無いってことは無いんですけど、作る時にとりわけ意識して向かっていったということはないですね。
でも、本当に次の作品を聴きたかった思うアーティストです。


--今までのジャジーヒップホップ作品としてメインであったラップがなく、ボーカル、ボイスに重点が置かれているのが印象的でしたが、そのあたりも意識があったのでしょうか。

プロジェクトの終盤くらいで、いきなりボーカルオーディションをやろうって思いついて、たくさんの応募をいただきました。
その中で、今回のプロジェクトに飛び抜けて合っているシンガーの【Ray】さんという方がいて、彼女の声が90%くらいですね。歌う方にはやや不本意かもしれないのですが、今回のプロジェクトの中で重要視したのが"声も一つの音色"というか、音色のパレットに声という要素を入れたいというのが念頭にありました。
それに合うボーカリストが偶然見つかったので、そういう結果になったと思います。ボーカリストが見つからなければ誰も入れなかったかもしれません。先ほども話した【Tamala】の声を1曲サンプリングしてるんですが、それも純粋に彼女の声が音色として欲しかった、という事です。


-----ところで【ESNO(エスノ)】の名前の由来は。
・・・敢えて、言わないってことでお願いします。これは曲名に関しても意識していた点なのですが、聴き手も自由な意識で感じてもらいたいなと。


--イラストレーター【くまおり純】氏が手掛けるよるジャケットアートワークは表、裏ともに、とても独創的で素晴らしいです。お互いにどういった世界観を共有されていたのでしょうか。

実は一度もお会いすることはなく作品は完成したのですが、僕自身今回のプロジェクトに限らず、相手から自然におのずと出てきたものを僕が捕まえていくというか、そこで世界観が完成するというアプローチがを常に意識しています。初めに「Visionary(ヴィジョナリー)」のラフ音源をくまおりさんに聴いていただいて、それに対して自由に描いていただいたものが、あのアートワークだったんです。純粋に、好きに描いていただいて、楽曲とジャケットの制作が完全に同時進行で、最後に両方がくっついて作品が出来上がりました。
(--進捗と言うか、途中で絵を見ることはあったのですか?)
ややありました。ややディレクションもありました。ただ強制や誘導はせず、くまおりさんの中から生まれたものを僕も見たかったので、そこは大切にしました。


--今回の「Visionary」はどこを聴いてほしいですか?ポイントなどあればお聞かせください。

今、配信とか1曲、1曲っていう曲単位で聴かれることが多いですよね。それは素晴らしいことだと思っていて、そういう意味ではアルバムを通して1曲1曲にシングルカットできるようなしっかりとした想いが入っていて、すごく大切に作りました。
それとは別の意味で、アルバム全体を聴いて、ある一つの世界観を共有したり、ある一つの感動を得たりする。CDやレコードを聴く中で、僕自身がアルバム全体を聴くことからそのような体験をしてきた世代なので、アルバム全体をとおして聴いてもらえたら、本当に嬉しいですね。

nishihara_sub02.jpg--今後の「ESNO」の展開、展望などの活動予定をお聞かせください。

ソロ【Kenichiro Nishihara】があるので、見え方として単発であったり、サイドプロジェクトと思われがちかなと勝手に想像してるんですけど、今の充実感、作品を作り終えた満足感から考えても、ソロと並行してメインのプロジェクトとしてもやっていきたいなと思っています。ライブもやりたいなと、考えています。


--西原さんにとって、【ESNO(エスノ)】とは?

より自由なアプローチで音楽に向かっていけるプロジェクトです。今は一人で作ってますが、バンドになるかもしれないし、ユニットになるかもしれない、もっとロックみたいことをやるかもしれません。自分が自由な何かをやりたいと思ったときに、思いついたアプローチで音楽に向かう、そんな可能性を秘めた存在だと感じています。偶然を大切にしたいですね。


--Kenichiro Nishihara名義のオリジナルアルバムを待ち望んでいるファンも多いかと思うのですが、予定はあるのでしょうか?

今年中に、3rdアルバムを出す予定です。2010年に2ndアルバムの「Life」を出した後には作りだしていたので、少し時間をかけてしまっているというか、暖めています。楽しみにしていてください!


--最後に、【Kenichiro Nishihara】にとっての【表現】とはどのようなものでしょうか?

アーティストがよく言う「自分の【表現】は...」なんていうのは、嘘なんじゃないかって思うところがありました。音楽そのものは、ある程度勉強すれば手法で作れたり、偶然からも作れる、またはやってみたら良かったていうことだってある。一体【表現】て何だろうって。
それと同時に、"オリジナル"っていうのも、あるのかどうか疑ってました。
オリジナルと呼ばれるものでも、何かの影響を受けて出来たもので、何かを聴いて思いついたものかもしれない。それこそ例えばピアノという楽器がある時点でオリジナルかわからない。"オリジナル"とか【表現】という言い方に、そんなものはないんじゃないかって思ってたんですけど、実は最近表現については「ある」って思ったんです。ずっと無いって思ってたのに。
例えるなら、Aさん,Bさんがいた時に、Aさんが恋人と別れた時に得た感情は、Bさんがネットオークションで競り負けた時の感情に似ているかもしれない。これは、言葉では「かなしい」と表現されるかもしれませんが、その度合いは実際分らないものですよね。
けれど例えば、"心の座標"のようなものがあったとしたら、それを一致させることが音楽には出来るんじゃないかなって思います。
音楽の【表現】は、誰かと誰かの"心の座標"を一致させるための一つの試みなのではないかと。
音楽を聴いた時に同じ想いを共有してるってことは、"座標"の位置を共有するということ。それは言葉以上にコミュニケーションができる可能性がある。
それが出来た時、共有できた時に【表現】として成功しているのかなと思います。簡単にいうと、言葉で話してもズレているものが、音楽なら一致させられるんじゃないかなと。それが僕にとっての音楽【表現】と言えるのだと思います。
【表現】て言葉を胡散臭いと思っていたスタート地点から、そういう事を発想した時に「あ、【表現】てあるな」って信じられたんです。
ESNO / Visionary【Promotion Video for Store】


写真:市川智也

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