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高蝶智樹(REFUSE/BEAST HATE)

高蝶智樹(たかちょうともき)・・・1976年生まれ。 1999年にクリエイターとしての活動の為にREFUSEを設立し、 シルバーアクセサリーを中心に「Loud Style Design」「BEAST HATE」等、多くのブランドを展開。 彫金師としての活動を軸にしながら世界を旅し続け、 スタイリング・空間コーディネイト・コラムの執筆・撮影ディレクション等、 カルチャーやジャンルを超越した活動を行っている。

REFUSE(リフューズ)・・・ 高蝶智樹によって設立され、REFUSE/RESIST、Loud Style Design、BEAST HATE、十三、VANITAS等のブランドを手掛けるfucktory。

BEAST HATE(ビーストヘイト)・・・ストレートに強く響くデザインと物創り。奇抜なデザインやテーマに縛られた創作よりも、定番といわれる様なモチーフに 自分達の好きなカルチャーを投影する事で生み出すスタンダードなバランス。物・音・人・空間...自分達が受ける刺激が物創りに反映される様に[BEAST HATE]のアイテムが手にした人に刺激を与え、其処から新しいスタンダードが生まれる。DESIGN & PRODUCT:REFUSE DIRECTION:Tomoki Takacho。

(写真左から、ジバゴ、高蝶智樹、マンジューロー)

――まず、はじめに制作チーム「REFUSE」、ブランド「BEAST HATE」を立ち上げた経緯をお願いいたします。

(※取材には、マンジューローさんにも同席していただいております。)
 元々は俺がデザインする事、クリエイティブな事を生業にしたいなと思って、それが21歳の時です。そこから紆余曲折あって「REFUSE」という屋号のまま店をやり、そのまま会社を設立して、2010年に「BEAST HATE」を始めました。
14年前から「REFUSE」ってのは店の屋号であり、製作チームの名前として一貫してやってきています。制作チームと言っても、クリエイティブ部分のデザインや原型製作等、企画側の人間と、それを生産していくヤツとで別れてる、その体制でずっとやってきました。
 2010年に、
ずっとやってきたマンジューローがあの時点で7年ぐらい働いてて、全員で企画を出し合ってやっていくブランドを始めようっていう話になったんです。元々は俺個人でやっているブランドを運営していくってのが会社のやり方だったんだけど、それを全体で回していくモノ、みんなでクリエイティブな所を担っていくモノをやろうという話になり、始まったのが「BEAST HATE」です。


――「REFUSE」の名前の由来、コンセプトなどございましたら教えてください。

 俺の出身が江東区なんだけど、ゴミの街なんだよね。何がゴミの街かって言ったら江東区って埋立地なんだよね。0m地帯って言われてて、昔からの歴史ってのは無かった場所で、後に埋め立てて作った街。「夢の島」って有名じゃないですか、ゴミ処理場として。俺が育った所って言うのが今は綺麗になったけど、俺がガキの頃ね、本当にゴミの街だった。
「REFUSE」が廃棄物って意味なんですが、俺は当時のゴミみたいな街で育ったヤツだから、「要するに廃棄物だよな、俺。」って。世の中を見た時に自分の存在って何かって言ったら、ゴミみたいなもんだなって。だけど、そのゴミってどうゆう事やるのかなって、どうゆう事が出来るのかなっていうのを考えた時にその名前がいいなって思ったんです。
 あと「REFUSE」には他に「拒絶・拒否する」ていう意味があって、通常のやり方、一般的にはこう、これが常識ってのを拒絶する。自分のやり方があるから、そういったモノを拒絶してやっていくという意味も込めてます。

(――「常識・一般的・普通」等のキーワードに対して思うところがあるのでしょうか?)

 疑問が常にある。常識と言われるモノって、それに乗っかって物事を進めていくのが、おそらく世の中的に正しいと言われている事で、おそらく楽な道なんだよね。
そのまま常識に乗っかって通すのは楽なんだけども、80年代の常識とされていた事が90年代も正しかったかと言うとそれは違う。
 
高度成長期の日本ってのは、どんどん使って、消費して、捨ててってやってきて、徐々にそれは少しまずくないかってなっていって、ゴミ処理問題どうするかとか、生産工場からの排水の問題が出たりとか。資本主義万歳って時代に資本主義が行き詰まってるなんて誰も言わないですよね、その当時はそれが常識だった。で、90年代の常識だった事は、2000年代に入るとまた変わってくる。
 常識と言うのは日々邁進されていくから、それ通りにやる必要ってあるの?って。

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 ――制作はどのように行われていますか?

 流れっていう話だと、まず俺がイラストを描くんです。そのシーズンのテーマだったりとか、元々ブランドコンセプトとして影響を受けていたモノとかを具現化する前にイラストとして起こす。「今回のテーマこれで行かないか」っていうのをラフな状態で、うちのマンジューローとジバゴと3人で企画会議をやります。まずマンジューローが好き勝手な事を言う。「やめましょ、それやめましょ!」「無いっすわ!これ無いっすわ!」って。で、もう一人のジバゴもまた結構言うんですよ。俺が36で、マンジューローが28で、ジバゴが25で、ちょっとずつ世代が違って、みんな好きなモノが被ってる部分もあって、それぞれ3人の円が、重なり合っている部分で誰に寄っているかみたいな感じに決まっていきます。

(――アイテムのデッサンでは無くて、ざっくりとしたイメージのイラストを描かれるという事ですか?)

 そう、今はこうゆうのやりたいっていう本当にざっくりとしたイメージをイラストにして、「BEAST HATE」の場合はそこに必ず何かしらの言葉が入っています。
例えばイラストやアパレルのほうで「TRUTH(真実)」と「JUSTICE(正義)」って言葉をよく使います。
 
この先のテーマで「Vengeance Is Mine」、これは聖書からの引用なんだけど。「BEAST HATE」をブランドとして始める時に、どうゆうスタイル・イメージを具現化するかって中で「Cape Fear(ケープ・フィアー)」って映画から得たインスピレーションを形にしていきたいなってのが根幹にあって。「Cape Fear」はロバート・デ・ニーロ主演で「恐怖の岬」をスコセッシ監督がリメイクしたモノで、そのデ・二―ロがめちゃめちゃカッコ良くて、背中に十字架に天秤っていう有名な刺青を入れてて、15歳の時にそれ観て「俺、あの刺青を背中に入れよう」って。
そう思ってたんだけど、自分が創り上げてきた屋号の刺青を入れたくなって、今は背中に「REFUSE」って文字とアイアンクロスが入ってます。けど、最終まで悩んだ位「あの刺青かっけぇなぁ!」っていう。で、それを他のブランドでは形にしてなかったので「BEAST HATE」をやる時に、みんな世代は違うけれども、「アレすごくカッコ良い!」ってのを「みんなで理解し合って形にしていこう」っていう。
 ブランドをスタートした時ってのは、マンジューローにせよジバゴにせよ「ブランドをやっていくってのはどうゆう事か」という勉強から始める必要があった。要するに楽器を演奏できるヤツが俺意外に2人いるけれども、バンド活動してた事があるのは俺だけ、みたいな。「お前ら、今から一緒にバンド始めますからね」っていう状態だったんですよね。ずっとアシスタントをやってきたから技術はあるけれど、ブランドをやっていこうとなると、何を考えていく必要があるかっていうスタートで、そこを教えつつなので、最初は完全に俺の側で引っ張っていきました。去年ぐらいから、製作チームなのでってことで、色んな意見を出してもらうように変えてったってぐらい。

(――高蝶さんからもどんどん意見を出してくれっていう感じですか?)

 
意見出してくれっていうのは、最初から言ってたんだけど、「まだわかんない部分が多いからしょうがないよな」って意識でやってました。で、去年位から「いい加減そろそろちゃんとやろうぜ!」って。
 最近だと俺の「Cape Fear」のDVDを貸したりしてね。映画とか音楽から受ける影響は大きいので、共通意識としてソフトで出ているモノは観て聴いてもらって。
その中のこの部分を今回出したいんだとか、それとは違って、例えば「Cape Fear」ならそれと近い匂いのするモノのここを出したいんだとか。

(――同じモノを感じても、出てくるモノは三者三様だったりとかしますか?)

 
結局は好みの違いとかはあるかな。共通意識というのを細かい部分でいいので持っていて、自分はここの部分を誇張したい、引き伸ばしたいとかで推していくってのがいいと思うんですよね。全く同じ意見のヤツだけを集めてやってても面白くなんないですよね。

(――お互いに刺激し合ったりしてるんですね)

 
そうですね。文句の言い合いというか。根幹のアイデアを出すのはほぼ俺なんです。まずそれをみんなに理解してもらう。そっから企画の準備段階の時に、みんなで出し合う訳です。それがイラストだったり、シルバーとかレザーのサンプルや原型の状態だったり。
そっからは文句の言い合い。「これは、ないわ!」「それやめましょ!」「この組み合わせは無いですよ」って。これがショックでかいんですよ。
2人がOKでも、1人がNGならやめようって。どうしてもコレがやりたいって時は「お前責任取れるんだな?」って。

(――そうゆう時は相当な覚悟が要りますね。笑)それに、単純に多数決とかではないんですね。)

 そうですね。うん、多数決じゃない。例えば、どうしても俺がやりたいモノがあったら生産も俺がやるからって。どうしても形にしたいんだよねっていう。ここまでが1つのモノを作り出す作業ですね。

(――作業分担などはありますか?)

 あります。原型を作って、最初のサンプルを創り出すまでが俺の仕事。デザイン・原型があがった後に組み合わせの部分があるんです、言い換えると設計と言うか。
設計が出来たら、マンジューロー・ジバゴに「お願いします!これが今回の設計になっております」って感じで。で、2人が「おお、これでやっときゃいいんだな」って。そっからの製造・生産が2人の仕事ですね。俺は他のブランドの生産とかもありますし、作業分担はしてます。
 また、分けてる大きな理由としては、俺は0から1にする発信の側と1から10にする製造の側と、ずっとやってきてるんですけど、その経験から掴んだ事は、クリエイティブな事だけやっていて出来あがるモノ、製造をやっていて思いつくクリエイティブの部分、があるんです。それを培うには反復しかないので、今は2人には反復をやってもらって、そっから意見を出して欲しいっていう段階ですね。

(――反復作業の重要性を、ご自身の経験から高蝶さんが理解し、とても大事にされているのですね。)

 例えばこれは、職人さんって呼ばれる様な人の話になるんだけど、金属とかレザーとかの色々な職人さんにしても、彼らってその仕事に好きで入った人って少ないんですよね。
60代とかの職人さんて集団就職だったりとかで工場に入って、ずっと同じ反復を繰り返す中で「技術ってこうなんだな」「この素材の扱い方はこうだな」って、繰り返しの中で身に付けていって、その後に独立してまた色々な仕事をしていく中で職人て呼ばれるようになったんです。
職人さんたちの面白いのは、ジュエリーとかやっていて造形が素晴らしいとかじゃなくて、色々なモノを仕上げたり磨いたりしていく中で、例えばその日磨いたモノがスパッと綺麗にいくと、「今日のは綺麗にいったよ、コレ~。」って、すげえ自慢げに話してくれるんですよ。反復作業の中で自分のどの技術が巧くいったかっていうとこに楽しさを見出してて。それってクリエイティブの部分を詰めるのとは、全く違う考え方なんですよね。
 当然「BEAST HATE」は意見をぶつけ合ってやって行きたい。俺は0から1にしていく作業、マンジューロー・ジバゴの2人は1から10にする作業、それぞれの中でまた違うモノを見出してフィードバックする、それが今やっているところですね。

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――高蝶さんは「BEAST HATE」以外にも、多くのブランドを発信されていますが、各ブランドへの想いやコンセプトなど有りましたらお聞かせください。

 そーゆーのはメンドクサイんでやめときましょうか。各ブランドってなると長くなりますし、サイトに書いてあるのでそちらを読んでいただくという事で。
 「ブランドをいくつもやる理由」って言う話だと、まず、ブランドっていうモノって幅・範囲を決めてあげないとダメだと思うんです。
ブランドって何かなって、言ってしまえばそれはメーカーやお店がラベルを付けて出しているモノなんですけど、今日に至るとそれが全く違う意味を持ってきてる。たぶん、ブランドって聞いたらエルメスとかシャネルとかディオールとかを思い浮かべると思うんですね。だけど、そうしたブランドも発端まで遡れば、街角の1軒の工具屋とか、鞄屋でしかなかったとかに至るんですよね。なので、ブランドってどうゆう事かというと、世界を構築できるかできないかだと俺は思うんですよね。
人って色んなモノから影響を受けると思うんです。
で、自分の好きなモノで、相容れないモノがありました、「これは相容れないモノだから分けましょう」、これは同じようなものだけども、「捉え方・表現の仕方を分けましょう」てのもありますよね。その時にブランドを分けて、こうゆう世界のモノをこのブランドでは表現していこうって事です。
 例えば、捉え方は極端かもしれないですけど、一神教(いっしんきょう)の話で、「神」ってのは一緒ですよね。ところが、それをそれぞれ違う捉え方をしているんです。宗教によっては各土地で根付く様式が全然違ってくるんです。1つのモノを見た時に、その土地・人・時代だったりとかで別の捉え方をしているし、違うルール・世界を見出していく訳です。同じように、俺も1つ1つカタチにしているってだけの事なんです。

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――海外への買い付けや、海外での活動も多い高蝶さんですが海外の文化に触れて感じことなどはありますか?

 まず、20代前半の頃から海外を飛び回ってきて、それがヨーロッパ、アメリカ、東南アジアであれ1番感じる事は「自分は何人(なにじん)であるか」。国籍的なモノもありますし、特に自分の血脈ですね。「血は水よりも濃い」って言葉があるけど、あの言葉は血統の結びつきの強さってのを言い表しています。ではそれを考えなかった時、日本に住んでるほとんどの人があなたは何人ですか?って聞かれたら、「日本人です。」って答えると思うんですね。
まず最初に、その日本人と言うのは国籍上の日本人で、政府に定められてる国籍です。日本は島国だから血統は保たれていると言われているけど、実際は昔から色んな国の人が日本に来て、そこで血が交じったって事もある訳ですよ。何世代も遡ってみると純粋な日本人はどれ位いるの?って。
 海外で「日本人です」って言えば、「ああ、日本人ね」ってなる。ただ俺、メキシカンとかバリ人に間違われる事が多くて、いきなりスペイン語で話しかけられたりとかあるんです。夏場に真黒な肌にツナギ着て、タントップにブーツで歩いてると、刺青も見えてるし、向こうの人からすると、どう見ても地元のヤツらしくて。「仕事で来てる」って言うと、「整備工か?」って。
で、海外に
行くと
色んな土地の人間がいて、その人たちと触れ合う訳です。そっから国籍上の日本人としてではなくて、自分個人としての血が何が出来るのかなって。
 結局、アメリカにしても血が入り交じっている人が沢山いる。国籍の話で言うと、建国200年でしかない中で、スペイン、イギリスが攻めてきましたって、移民が沢山来ましたって、何とか系アメリカ人ていう人が沢山いるんですよ。純粋なアメリカ人て何?って。なので、国籍はあまり重要じゃない。それは政府が定めてて、そこに書類出して国籍上は何人てなってるだけで、パスポートやビザの関係では重要な事だけど、本当に自分て何人?て思った時に、「自分のバックボーンとして背負っていたいモノ」や「自分が大事にしたいモノ」が何なのかっていう事の方が、よっぽど重要だなって言うのはすごく感じる事かな。
 それは選択肢のひとつで、正しいとか間違っているということでは無くて、俺は旅をして、「何が出来る、何が残せる」っていう事に重きを置きたい。けど、「代々の血統が大事だ。」ってのも一つの誇りだし、素晴らしい事だと思うんです。代々の土地を守って、ここで伝統としている事をやっていく。カッコ良いですよね。素晴らしい事だと思います。しかし、残念ながら俺の生まれにも育ちにもバックボーンにそうゆうモノは無いっていう。そうゆうモノがある人が羨ましいってのもあります。「代々の家業がナニだから、それを継いでナニをやっていくんだ。」って、周りには昔から決めてたヤツもいました。そうゆうのがあるのは、すげえ羨ましいなって。俺には無いからどうして行こうって、「自分で何かしていくしかないな」って。

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――仕事としてのクリエイティブで大事なことはありますか?

 クリエイティブって閃きが大事ですよね。どんな人も閃きはあると思うんですよ。それが、「こんなんあったらいいな。」「こうだったらカッコ良いだろうな。」「売れるんだろうな。」とか、そうゆう単純な処でみんな考えると思うんです。ただ、知らないとカタチにできない。方法さえ、作ってくれる場所さえ知っていたらカタチに出来ますよね。
だからうちの連中にはそれを知って経験して欲しいんですよね。知ってどう思うか。外に任せても、自分でやってもカタチには出来ます。任せたら楽だってのもあるし、これは自分で努力してやった方が素晴らしいモノが出来るとか。ただ、知らないと出来ない。世界を知れってことですよね。
 例えば、普通は制作だけをやっている人間て、今日のマンジューローみたいにこうゆう場(取材)にいる事が珍しいんですよ。製作側の人間ってのは、外の展示会に足運ぶとかもあまり無く作業してるんです。だけど、うちは結構逆で「俺は作業で行けないから、お前ら展示会行ってきて。」って、「色んなモノを目にして来い。美意識をつけてこい」って。この前もマンジューローとインドネシアに革の仕入れに行って来たんですけど、結局ね、俺1人で出来ちゃう仕事だけど勉強してもらいたい、知ってもらいたいっていうのがあるんです。


――高蝶さんは色々とクリエイティブな活動をされています。その活動の中で大事にされている事はありますか?またそれらの活動の中での経験が色んな場面で生きていると思うのですが、そちらも踏まえて少しお話をお聞かせください。

 クリエイティブって外側から言われちゃうと、これってクリエイティブな活動なのかなっていう。。。形容する言葉としてはそうだと思うんですけど。正直やりたい事をやってるだけだしね。
 自分の事をメディアで紹介してもらう時に、「クリエーター」ってしてるんですが、それは人が解り易いように形容詞として使っているだけなんですよね。ただ、自分からそう名乗っているからには、「クリエイティブとは」「クリエーターとは」ていう事を、すごく考えて動いていかないといけない。
だけど、本当に本質・核の部分を考えると「クリエイティブな事をしたい」って考えてやってない。それを考える前に、単純に「これカタチにしたい」「これやりたい」って感じで動いてます。
 去年アメリカ行った時は、ニューオリンズのハリケーン・カトリーナでやられた廃墟を見に行きたいって。写真を撮りに行ったんですけど、たぶん写真やって無くても俺はそこに行きたいですもん。見たいからそこを、感じたいからそれを。体験するだけならクリエイティブでも何でもなくて単なる好奇心ですよね。で、そこで写真ていうモノで収めたい、感じたいんですよね。
廃墟になったシックスフラッグていうデッカイ遊園地に行って、色んな事を思い描く訳ですよ。そこが活動してた時の事とか。そこにジャンキーハウスみたいなとこがあって、注射器とかゴロゴロ落ちてるような光景を見て、人がこう流れてきてこうやって廃墟になっていったのかなとか。廃墟になった後はこうなんだろうなとか。
それを感じた後には、答えを出したいんです。自分の中の答えを。さっき話した常識って意味での答えじゃなくて、1+1みたいな数学的な答えじゃなくてね。そんなのはそう設定しないといけない世の中の条件だっただけで、もちろん常識的な答えはそれです、間違い無いし、世の中はそれで出来あがっているから、それは解ってなきゃいけないけど、本当の答えって言うのは自分の中からしか出ないんです。どこかに行って何かを感じて、それを写真に残す事が答えなのか、何かしらの文章にする事が答えなのか、色々と想像して具現化をして洋服やアクセサリーにするのが答えなのか。思い描いたモノをカタチにしていきたくて、その為に色々な手法がありますよね。
 本当にクリエイティブなら、さっきお話したように「やりたいから」ってだけじゃダメだと思ってます。その後に、それを外に出す時の事を考えるんですよ、受け手がどう感じるかとか。俺らがやっている事ってクリエイティブな事って言われるモノですけど、見せるだけじゃなくて商品としても成り立たせないといけないので。
クリエイティブなところ、アーティスティックなところにばかりに走って、「自分の世界はこうだから」って、受け手側の事を考えない。それは要するにオナニーですよね。結局、誰かとセックスしようとは思っていないっていう。
俺らは身に着けるモノを製作しています、着ける側がいるので、その人達の事を考えないとダメで、造形のすごいリングを創ったとしても、痛いとか着けれないとかすぐ壊れるとかなってもね。そーゆー奴ってナンパが下手なんだろうな。奇抜なモノや細かいモノは幾らでも創れるんですよ。例えば壊れる前提で製作して、しかもお客さんも同意の元に買っているのであればアリだと思いますけど。
 俺たちが、「使い込んだアジとかも含めてこうゆうカタチが答えだ」って出して、それを誰かが選んでくれる事が完成なんです。それができて、本当のクリエイティブでクリエーターだと思うんです。


――既に発売されている写真集「SKULLS」「HOME SWEET HOME」「RAIN DOGS」が、3/5よりTSUTAYA代官山にて取り扱いが開始されますがそちらの内容を簡単に教えていただけますか?

 去年の8月に発売された写真集です。スカルの写真を収めた「SKULLS」、情景の写真を集めた「HOME SWEET HOME」、浮浪者たちを被写体にした「RAIN DOGS」という3冊の写真集をリリースしたんです。
鈴木嘉樹(すずきよしき)という写真家と共同で4年位かけてスカルの写真をずっと撮ってまして。元々、人骨を俺がコレクトしてて、それを嘉樹と「人骨をこう撮ったら面白い」って話をしてたんですよ。ちょっとやってみようって。最初は嘉樹の方は人骨に少し抵抗があったんですけど。「人骨でしょ?大丈夫なの?」って。俺は「大丈夫だから!」って強引な感じで。それで、実験的に始まったんですよ。で、ディスプレイして色んなモノと組み合わせて撮っていく、そのディスプレイを俺が担当して、嘉樹が光とかアングルを担当して。発売の1年くらい前かな、「写真集としてリリースしようよ。」ってなりました。
世間的に嘉樹は、タトゥーとかバイクとかそっちの文化を
撮ってる人ってイメージがすごく強い奴なんですよ、本人の風体も含めてね。
俺の側はシルバーやアパレルやってて、いかにもスカルとかロックとかバイクとかタトゥーとか大好きなんでしょ?って感じで見られる。
だから、ここで2人でスカルの写真出しても、きっとそうゆう目線でしか見られないよねって。俺らが想い描いたモノってそうじゃないのに、そうゆうアイコンとしてのスカルとしてしか見てもらえない。「それはスカルが可哀相だわ。」って話になって。
なら、自分達が外側から「そんな写真も撮ってんの?」って思われるようなプライベートワークの写真も出した方が良いだろうということで。
嘉樹の方は「HOME SWEET HOME」っていう情景の写真、俺の方は「RAIN DOGS」っていう浮浪者の写真、それぞれの写真集と「SKULLS」の3冊同時リリースってなったんですよね。
ただ、何処の出版社もスカルの写真集なんて出してくれないんですよね。俺も出版社の事情もよく分かりますしね。「なら、自分達で出そう。」ってなって。その時に、「てことは、普通の写真集の形式に捉われる必要ないよね。」って、「セパレイトの16枚綴りで出そう。」ってなったんです。ちなみにサイズはB5位ですね。全部バラバラなら、好きな時に好きな写真飾れるでしょ。で、製本代かかんないから代わりに紙質とか、写真を収める箱にお金をかけてリリースしようって。
 自費出版でやっているので、最初は俺たちの取引先とか仲間内とかでの扱いってとこから始めたんですよ。まずは、普段仕事でお世話になっている人たちに見てもらおうって。
そっから、半年経ったし俺らのこと知らない人たちにも見てもらおうってことで何処がいいだろうって探しました。TSUTAYA代官山さんは写真集の取り扱いが多いので、営業行って、扱っていただける事になったんです。「出してから問題にならないかな。」って話も上がったんですけど、「クレーム来てから下げりゃいいじゃん。」て。もうね、世の中のルールを事細かに調べてくと、懸念する部分てあり過ぎて「そんなん何もできないじゃん。」て。

(――3冊はセットでは無く、別々で購入もできるんですか?)


そう、お互いがそれぞれどんな目線・世界を持っていて、その2人が一緒にやるとこうゆうモノが出来上がるっていうところを見て欲しかったので。

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――最後に、高蝶さんにとって表現とはなんでしょうか?

 「表現」と言うモノを単純に言うと、俺にとっては行動でしかないんですよね。
すごく大別すると世の中には「行動が好きな人」と「状態が好きな人」の2種類がいると思ってて、状態が好きな人は自分が心地良い状態とか環境とかを求めるんですよね。例えば、家族がすごく幸せな状態とかね。すごく素晴らしい事だと思います。ただ、俺はそっちでは無かったって事なんですよね。
 何か行動をし続けるっていう方が好きなんです。その行動が何かってなった時に、表現する事ってだけです。例えば、何処かに行って何かを感じてそれをカタチにしたい。そうしないと気が済まないんですよね。要するにその行動をしていることが、「表現をする」という事になっているだけなんですよね。
 俺は「自分はアーティストです、クリエーターです」って感じが嫌いなんです。それをそんな高尚な事だと思わない。それよりも「自分が出来ない事をやってる人をスゴイと思えよ」って。ビジネスとかメディアへの進出を嫌う人っているんですよ、色々しがらみがあったり、自分の作品に値段付けられたり、そうゆうのを嫌って。けど、それが純粋なのかなんなのか俺には理解できなくて、何となく言いたい事はわかりますけど。確かに自分がどうであるかという部分、アート・クリエイトって部分では行動しているかもしれないですけど。世の中にアート・クリエイトとして出していきたいのなら、その先の行動としては世の中を知る事が必要だしね。
 よく世界観て言葉あるけど、「世界を観る」って意味ですよね、じゃあ世界を観ているのか?って。インターネットの中だけ観てんじゃないの?っていう。情報を得るのが便利になって、携帯でも簡単に色々と調べる事ができて、例えば「いつの誰々の作品」って何だっけ?って調べればすぐに画像で見れる、すごく便利です。だからこそ、自分で感じるっていう部分が鈍くなっていく。検索してそれだけを見て納得をしてしまう。そうすると、実感を得ないまま知った気になってしまう事がある。それって、便利さ故にすごく不便になっている。先に知ったつもりになって、実(じつ)に届かない事があるんじゃないかな。
どこか旅に行きたいって時、先にインターネットでそこの情勢とか食べ物、衛生面はどうかとか調べる。ただね、「そんなもん、行ったら一瞬でわかるだろ。」行けばいいだけ。世界を知るってそうゆう事じゃないですか。ネットや情報誌とかで得た情報だけで決めつける、その決めるのも自分の経験の中の知識だけで決めるしかない。俺も何かを調べる時はインターネットを利用もするけど、あくまで行動への補足で、検索だけでの完結ってのは考えた事無いな。
もちろん、考え方なんて個人のモノなのでそれで世界観を構築するのは勝手ですけどね、ただ便利な言葉で世界観て使ってない?って。
確かに何かを完成させる時に、視界をすごく狭くする必要がある場合もあるんだけど。写真のピントと一緒で何かを際立たせる為に、そこだけにピンをあてるように、色んな意見とかを遮断してね。「才能は孤独の内に成る」と言うように、孤独であるからこそ突きつめられるって事もあると思うんです。けどね、毎日それじゃダメだと思っています。
 いわゆる90年代に青春を過ごした世代って、そうゆう不便さを知ってる最後の世代だと思うんですね。

(――待ち合わせとか大変でしたよね。今はすれ違いとかほとんどないですよ。)

 確かに大変でしたよね。今のそうゆう便利なところからだけ知っている世代になると、どうしても情報が先行してしまう。例えば、渋谷の単館でしかやってない映画を観たいとなった時に、わざわざ地方から新幹線で観に来ない訳ですよ。いずれ
ダウンロードするからいいやって。それってすごく便利でいい事ですよ。ただね、外からわざわざ観に来るっていう道程も、凄く重要な事であって。その道程で得るモノって映画から得るモノ以外にも沢山あるはずなんですよ。その行動の中で色々なモノを得ることができる訳です。
 基本的に俺は経験則でしか物事を考えられない。経験した事の中にはネットとか本に落ちてない情報もある訳ですから。
 もの凄く天才的な人は、少ない情報から全てを知る事が出来ると思うんです、1を見て100を知る事が出来る、それこそ本当の天才だなと思います。俺は天才じゃないし、経験する事で答えになりたい。答えを知りたい、見たいとかじゃなくてね。体感する事によって、色んな人に経験を話す事が出来る。例えば、アメリカで国境を越える時に正規のルートとは別にトラックルートってのがあってそれを通ると審査が甘い。とかクダラナイ経験でもね。そこには自分の中での答えができて、その経験を人に伝える事が出来る。
 
(――高蝶さんの作品は、ご自身の答えと言えますね。)

 そうですね。昔の作品を制作し直す事もあります。その時は今の答えは違うってことですね。そのまま作り直さない時ってのはあの時のストーリーはこのままでいいんだっていう。
 常に感じていたいんですよね、感じている間は自分の答えになっていますからね。



【高蝶智樹】

・オフィシャルHP→
http://www.tomoki-takacho.com/


【ブランド】

REFUSEオフィシャルHPhttp://www.refuse.co.jp/

・BEAST HATEオフィシャルHPhttp://beast-hate.com/

・Loud Style DesignオフィシャルHPhttp://www.loudstyledesign.com/

・十三オフィシャルHPhttp://www.ju-zo.com/


【写真集 SKULLS / HOME SWEET HOME / RAIN DOGS】

オフィシャルHPhttp://www.refuse.co.jp/photo/index.html

・オーダー→http://www.refuse.co.jp/photo/order.html



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